代表ストーリー

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食の現場で学び 仕事を自分の責任で考える

株式会社食の学び舎くるみ 代表取締役
中野ヤスコ 管理栄養士・公認スポーツ栄養士

私は、初めから管理栄養士の仕事に強い憧れを持っていたわけではありません。
大学で食や栄養を学びましたが、卒業後は食品会社、その後はメーカーの事務職として働きました。

食の仕事に向き合うきっかけは、友人から頼まれた料理教室の講師でした。
初めての人にも分かるように伝え、限られた時間で全員が調理に参加できるようにする。
その工夫に夢中になりました。公民館の講座を引き継いでからは、内容も準備も自分で組み立てるようになりました。

会社を退職した後は、料理教室や栄養相談と並行して、委託給食の現場で大量調理を経験し、農業者や食品事業者の支援にも取り組みました。助言するだけでなく自分も経営を経験したいと思い、2011年には大豆専門の飲食店を開きました。

スポーツ栄養も、高校野球に関わる友人からの依頼が入口でした。
学びを重ね、公認スポーツ栄養士の資格を取り、実業団の海外合宿にも同行するようになりました。

食事と暮らしに関わる仕事

藤枝東高校サッカー部のチームの食育指導、そして一部の生徒生活する下宿の管理も依頼され、朝と夜の食事提供と生徒たちの生活をフォローしています。

業務用の体組成計とプリンターを2セット、ヘモグロビン測定器のアストリムフィットも購入し、指導方法やタイミングをコントロールできるように整備しました。

飲食店の店舗や寮の管理に加え、ホームページ、経理、法人化にも、丸投げせず自分で関わってきました。
関わる仕事を自分でも勉強し、理解していくことが、私のこだわりです。
自分でコントロールできる仕事の仕方を大事にしています。

食事を提供する責任と 私の判断の誤り

アスリートを食で支えたいと仕事を続けてきた一方で、食事提供で食中毒を起こし、多くの選手を苦しめてしまった経験があります。長年依頼してくださっていたチームとの信頼関係も損ないました。

応援したいという気持ちが強く、無理のある体制でも食事を準備し続けていました。その体制で仕事を引き受け、提供を続けると判断したのは私です。必要な指導や確認が行き届くようにスタッフを配置し、管理する責任も、私にありました。

臨時スタッフへの指導が不十分だったことも、個々のスタッフの責任として片付けることはできません。仕事を任せる側として、私自身の判断と管理が不十分でした。支えたいという思いがあっても、それが選手を苦しめたことの言い訳にはなりません。

その後、選手やフロントの方々から再開を求める声をいただき、仕事は再開しました。シーズン後には、任せていただく業務の範囲も広がりました。ただ、それによって選手が受けた苦しみや、私の責任がなくなるわけではありません。

仕事が戻ったことを、この経験の結論にはしたくありません。自分の判断と管理が人の健康に関わることを、仕事の歩みの中に明確に残しておきたいと思います。

経験を次の人へ伝える

料理教室、店舗経営、スポーツ栄養、学校での食育は、時期を重ねながら続いてきました。その経験が実戦経験となり、コンサルティング業務の依頼も多く受けるようになりました。
今は大学での教育や研究との関わりも含め、自分の経験を人に伝える仕事にも取り組んでいます。

「くるみフードアカデミー」では、うまくいった経験に加え、判断を誤ったことも学びの材料として残していきたいと考えています。

これから食の仕事に取り組む人が、自分の現場で何を確認し、どう仕事を進めるかを考えるために、役立てていきたいと思っています。

令和8年10月24日

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